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 霊的に世話をしてあげていたあの病床に伏す女性は、なんと見事に神のみ旨を愛していたことか。健康なところが一つもないその人は、たくさんの苦しみを伴う長患いを、イエスの祝福であり寵愛のしるしであると考えていた。そして自分は、罰に値する人間だと謙遜に話していたが、彼女が体中で感じていた大変な苦痛は罰ではなく、慈しみの現れであった。

 私たちは死について、天国について、さらに、イエスと聖母にお話しすべきことについて語り合った。天国からなら、この地上にいるときよりも、ずっと効果的な〈働きができる〉ことについても考えた。病人は神がお望みのときに死を受け入れるつもりでいたが、喜びに溢れて、「今日だったらよいのに」と叫んでいた。死ねば御父と一緒にいることができると知っている人に特有な喜びをもって、死を見つめていたのである。

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