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聖木曜日の黙想も終わりに近くなりました。主の助けがあれば ― 素直に心を開きさえすれは、主は常に助けてくださいます ― もっと大切なこと、つまり愛に応えなければならないと強く感じるようになります。人々に仕えることによって、人々の間にキリストの愛を広めなければならないこともわかってくることでしょう。あの晩さんの夜、弟子たちの足を洗った後、「わたしが(…)模範を示した」32とイエスは強調なさいます。傲慢や野望や支配欲を心から追い払いましょう。そうすれば一人ひとりの犠牲に根づいた平和と喜びは、私たちのみでなく、私たちの周囲の人々にも満ち溢れることでしょう。

 最後に、神の母であり、私たちの母である聖マリアのことを子どもとしての愛情を込めて考えてみましょう。もう一度幼い頃のことを話すことをお許しください。聖ピオ十世が、しばしば聖体拝領をするようにとお勧めになったとき、私の故郷では、マリアが聖体を礼拝しているご像が流行していました。いつの時代もそうですが、今日もマリアは一日の出来事を通して、特に現在と永遠が一致する厳かなミサの犠牲において、イエスにどのように接すればよいのか、どうすればキリストを認め、キリストに出会うことができるかを教えてくださいます。そして永遠の司祭であるイエスは、すべてをご自分のもとに引き寄せ、聖霊の息吹で、父である神のみ前に導いてくださるのです。

聖書への参照
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