Josemaría Escrivá Obras
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それゆえ、イエスの聖心のうちに生き、イエスに一致するとは、私たち自身が神の住まいに変わることだと言えます。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される38、と主は仰せになりました。キリストと御父は、聖霊において、私たちの心においでになり、そこにお住まいになります39。

 

 ほんのわずかでも以上のようなことを理解すると、私たちの生き方は変わり、神に飢える心は詩編の言葉を自分自身の言葉として繰り返します。わたしの魂はあなたを渇き求めます。あなたを待って、わたしのからだは乾ききった台地のように衰え、水のない地のように渇き果てています40。すると、願うよう勧められたイエスは出迎えにきてくださり、「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」41と仰せになります。聖心を差し出し、憩いと勇気を得る場をお与えになるのです。その招きに応えれば、主の言葉に偽りのないことがわかり、飢えと渇きは募りに募って、願いの言葉がほとばしり出ることでしょう。神よ、私の心に憩いの場を定め、あなたの熱と光を与え続けてください、と。

 

 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか」42。神の愛の火をわずかなりとも垣間見ることができました。神の霊感にすべてを委ねましょう。人々がキリストの平和を知り、それと共に、幸せになることができるように、地の果てまで〈神の火〉をもたらす熱意を燃え立たせたいものです。キリストの聖心に一致して生きる信者にとっては、社会の平和と教会の平和、心の平和、神の王国が訪れたときに完成する神の平和以外に目的とすべきものは存在しないのです。

 

 平和の元后であるマリア、天使のお告げの実現を信じたあなたにお願いします。私たちの信仰が増し、希望するに堅く、愛に深さを増すことができるようお助けください。これこそまさしく、御子が本日至聖なる心を人々に示すにあたり、お望みになることにほかならないからです。

 

 

 

 「マリアは天に上げられ天使は喜ぶ」1。神は聖母マリアを体も霊魂も共に天に上げられました。天使も人間も喜びを隠せません。心の底から溢れるように湧き上がる喜び、心を平和で満たす今日の喜びは一体どこからくるのでしょうか。私たちの母の光栄を祝うからなのです。三位一体の神にこれほど称賛される聖母をみて、その子である私たちが大いに喜ぶのは当然だと言えるでしょう。

 

 兄である至聖なる御子キリストは、カルワリオにおいて、聖ヨハネに向かい、「見なさい。あなたの母です」2と言われ御母を私たちの母としてお与えになりました。あの悲嘆が頂点に達するとき、主に愛された弟子と共に私たちは聖母をお受けしたのです。「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」3という昔の預言が成就したそのとき、苦痛のうちにも聖母は私たちを受け入れてくださいました。私たちはみな聖母の子であり、聖母は全人類の母であります。人々は今、得も言われぬ被昇天を祝います。聖母マリアは天に上げられたのです。神なる御父の娘、神なる御子の御母、神なる聖霊の花嫁、御身にまさるのはただ神お一人。

 

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