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私の話を聞いてくださる人々が聞き過ごしているかどうか、私にはすぐ判ります。自惚れているわけではありません。共に神に感謝を捧げていただきたいので、私事で恐縮ですが、お話しさせてください。一九二八年、神のお望みが分かるとすぐに、私はすべきことを始めました。(苦しい事も甘美なこともたくさん送ってくださった神に感謝しています。) 当時、ある人々は私を気違い扱いしていました。別の人々は少しばかりの理解を示して夢想家と呼んでくれましたが、それは実現不可能な夢を追っていると言いたかったようです。欠点だらけの私であり、苦しみもありましたが、とにかくがっかりしないでがんばりました。<計画>そのものは私が考え出したわけではありませんでしたから、困難のさなかにあっても道はどんどん開け、今日では世界中に広がりました。また、主がご自分の計画であることを人々にお見せになりましたから、たいていの人はごく当たり前の教えだと考えるようになっています。

 ひとこと言葉を交わすだけで、話を理解してくださったかどうか、すぐに判ると申しました。卵を温めている鴨の巣に、横から誰かが家鴨の卵を押しつけたときのようなことは、私には起こりません。何日か経って雛がかえり、おぼつかない足どりであちらこちら歩きまわるのを見てはじめて、それは自分の雛ではない、いくら教えてもピョピョと鳴くことはできないと、やっと気がつく。このようなことは私には起りません。私に背を向けた人にも、せっかく助けてあげようとしたのに横柄な態度を示した人にも、悪意を持ったことはありません。一九三九年ごろ、学生グループの黙想会のために借りていた建物でのことですが、その建物の壁の透かし飾りの言葉に目を引き付けられたことをよく覚えています。「旅人よ、おのが道を行け」。本当に有益な教えでした。

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