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マタイ福音書の第二十五章を開いてみましょう。「天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった」2。賢い乙女たちは時間をよく活用したと福音史家は書いています。慎重に前もって油を準備していたので、「『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がしたら」3、灯を大きくし、大喜びで花婿を出迎えます。

 最後の日は必ずやって来ます。しかし、恐れる必要はありません。神の恵みに信頼しきって今から灯を携えて、寛大かつ勇敢に小事を愛する心で、主にまみえる日を待てばよいのです。天の国では盛大な祝宴が待っています。「愛する兄弟たちよ、キリストの婚宴にあずかるのは我々である。すでに教会を信じ、聖書に養われ、教会が神に一致していることを喜ぶ我々が招かれているのだ。それゆえ、婚宴のための礼服を身に着けているか否か、注意深く自らを省みてそれぞれの思いを糾明せよと勧める」4。ここであなたがたに保証し、私自身も再確認したいことが一つあります。婚宴の礼服とは些細で取るに足らぬ仕事を通して得る神の愛、その神への愛で織った礼服であるという事実。小事を疎かにせず、見たところ値打ちもなさそうな事柄に心を配るのは愛する人の特徴ではないでしょうか。

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