Josemaría Escrivá Obras
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正義と、自由と真理への愛

福音書の言い方に倣うと、私が「聞く耳」29をもつようになったとき、つまり物心がついた頃には、すでに社会問題という言葉が叫ばれていました。と言っても、別にどうこう言うほどではなく、ずいぶん昔からあったのです。たぶん、人間が何らかの組織作りを始めることによって、年齢、知能、仕事能力、興味や関心、個性などの相違が目に見えてはっきりしてきたときに生じたのでしょう。

 社会階級がどうしても避けられないものなのかどうか私には分かりませんが、いずれにしても、この件について話すのは私の役目ではありませんし、まして、聖堂に居るのは、神について、また神と語り合うためですから、この件についてここで話そうとは思っていません。いずれにせよ、神以外については、話すつもりもありません。

 皆さんは、摂理によって自由で合法的な討論に任せられている諸問題について好きなように考えてください。私はキリストの司祭ですから、さらに高い見地から物事を眺め、常に正義を行う義務、また必要なら、英雄的な行為が要求されても正義を行うべきことをお話ししなければならないと考えています。

 

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