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ぶん私たちはロバに対するこの司祭の賛辞に値しないでしょう。よく糾明してみましょう。確かに十二分に働きました。あれこれの責任ある地位を占め、色々な世間的な仕事において成功を収めてきました。しかし、神のみ前に出て、自分について嘆かずにいることができるでしょうか。真心から、神と、兄弟である隣人に仕える努力をしたでしょうか。それとも、利己主義や名誉心、野心や現世的な儚い成功を求めたのでしょうか。

 私が無遠慮に話すのは、一つには私自身がまず、まじめな痛悔の心をもちたいと思うからですが、皆さん方一人ひとりにも、神の赦しを願うようお勧めしたいからです。自分の不忠実、度重なる過ち、失敗、臆病を反省して、イエスの聖心に向かい、あのペトロの痛悔の言葉を繰り返しましょう。「主よ、あなたは何もかもご存じです」。私の惨めさにもかかわらず、「あなたを愛していることをあなたはよく知っておられます」22。私は敢えて付け加えたい。主よ、まさしく私の惨めさゆえに私があなたをお愛ししていることをあなたはご存じです。惨めであるからこそ、私の力であり砦であるあなたによりかかるからです。「神よ、わたしの魂はあなたを求める」23と。そして、再びやり直すのです。

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