慎み

  沈黙に後悔はないが、お喋りは往々にして後悔を招く。

あなたは、内緒にしてくれと懇願する。しかしその願いは、自分で内緒にできなかった証拠ではないのか。

  慎みは、謎めいたことでも秘密でもない。慎みは自然さに過ぎない。

  慎みとは…細やかさのことである。品のよい平凡なことであっても、あなたの家族の事柄が世間の冷淡さや好奇心にさらされるとすれば、心の奥底で何となく不安と不快を感じるのではないだろうか。

  使徒職の内情は、軽々しく他人に告げないほうがよい。世間は利己的だから他人のことなど理解しようとしないことが分からないのか。

  沈黙を守りなさい。あなたの理想は点ったばかりの灯火であることを忘れてはならない。心の中のその灯火は一吹きで消える恐れがあるのだ。

  沈黙の実りは驚くほど豊かである。慎みを欠くために失うエネルギーはすべて、仕事の効果を半減させるエネルギーとなる。

口を慎みなさい。

  あなたがもっと慎み深ければ、お喋りの後、ひんぱんに感じる後味の悪さを嘆かずにすむことだろう。

「理解してもらおう」と努めなくてもよい。その無理解は、摂理的な無理解なのだ。あなたの犠牲を隠れたままにしておくためなのである。

  口を慎めば、使徒職はもっと効果をあげ、虚栄に陥る危険を大部分避けることもできるだろう。どれほど大勢の人の〈力〉が、口から漏れてしまうことか。

  いつも、そんな〈見せびらかし〉だ。あなたは写真や図表や統計を私に頼む。

 私は送らないことにしている。反対意見は大いに尊重すべきだろうが、そうしない理由を言えば、そんなことをすると、この世で出世するために仕事をしていると考えてしまうかもしれないからだ。私が出世したいのは天国においてなのである。

  聖人のような信者の中にも、あなたの道を理解しない人は大勢いる。無理に理解させなくてもよい。そんなことをしても、時間の無駄となり、軽率な言葉を吐く機会になるだけだから。

「木の根と梢がしっかりと成長するためには、樹液と活力、つまり内部を貫くものがなければならない」。

こう手紙に書いてきた友は、あなたが気高い心の野心家であることをよく知っていた。彼は道を教えてくれたのである。その道とは、慎み、犠牲、内部を貫く精神のことである。

  口の慎みは少数の人の徳。この慎みは女性には稀な徳だと、悪口を言ったのは誰だろう。

どれほど多くのれっきとした男性が、この徳を女性に学ばねばならないことか。

  神の御母は慎みのこの上ない模範である。聖ヨセフにさえ、あの神秘を明かさなかった。

あなたに欠けている慎みを聖母に願いなさい。

  恨みがあなたの舌を鋭くしたというのか。それならなおのこと、沈黙しなさい。

  慎みの重要性は、いくら強調しても強調し過ぎることはない。

それは、剣の刃ではないにせよ、確かに剣の柄にはなる。

  腹の中で憤りが煮えたぎっている時は、必ず黙っていなさい。たとえ、もっともな理由があって怒っている時でも。

そのような時は、いくら口を慎んでも必ず言い過ぎるからである。

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